「お念仏を唱えることができる喜びと有難さ」

 私が真宗のお念仏と出会うきっかけとなったのは、妻の実家がお寺であったこと。結婚当初は、まさか自分がお寺を継ぐことになるとは思っておらず、また、私は実の父母を早くに亡くし、浄土宗のお墓と仏壇も継承していたので、まさか自分が他宗の寺の住職になるなどとは考えた事もありませんでした。

 しかし、色々な御縁とお導きにより、52歳と少し年配ではありましたが、真宗のお念仏を頂ける有難い身にさせていただくことができました。

 住職となり、多くの仏縁に出会い、多くの事を学ぶ中、最初の頃はお経が上手くなりたい、門徒さんと上手く会話が出来ればいいなど、必死になって頑張っていたものの、自分の為のお念仏だけであったのではないか。門徒さん達の気持ちや思いを大切に考え、心に届くお念仏を伝えることができたのか、感じていただけたのかと思うようになりました。

自問自答する中、「お念仏を唱えるということはどういう事なのか」「どうすれば門徒さんに伝えることができるのか」を考え色々と学習していた時、一つの和讃にとても魅了され、私が門徒さんに伝えたい思いとはこの事だと感じました。
 その和讃とは、「弥陀大悲の誓願を ふかく信ぜんひとはみな ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなうべし」 現代語訳は、「阿弥陀如来の大悲の誓願を深く信じている人は誰でもみんな、寝ていても覚めていても変わりなく、いつも南無阿弥陀仏とお念仏を申しましょう。」 意訳しますと、「深く信ずる心は、私が苦しみの海に漂う身であることを知らせていただき、この私を必ずお救いくださることをも知らせていただくことです。なかなか呼び声を受け入れることのできない私ですが、長年の聞法をお聞きしたからこそ、南無阿弥陀仏となってはたらき続けてくださる誓願であったと気づかさせて頂き、称名念仏が自然と口から出てくるようになります。とぎれなく、起きていても寝ていても、常に仏を想い念仏申しなさい」となります。

 私はこの和讃から、「お念仏によって何かを得ようとか、御利益を頂こうとか思うのではなく、ごく自然に、当り前のようにお念仏が唱えられる喜び、何時でも何処でもどんな時でもお念仏を申すことができる有難さを常に感じる」という教えをいただいた気がして、これを門徒さんに伝えたいと思うようになりました。
また、鯖江の方々がよく知る、法林寺第8代住職小泉了諦もこの和讃を常に法話の時に讃題として用い、多くの門徒さんにお聞かせしていたとのことで、私が法林寺で住職となったのも何か不思議な御縁を感じる次第です。

 私は、お通夜や法事の時の法話で必ず伝えることがあります。それは、「皆さんは今まさに、この娑婆で生きておられる、生きているからこそ此処にお参りに来ることができ、亡くなられた方を忍びお念仏を唱えることができた。お念仏を唱えることができた御縁、生かされていることが確認できた御縁を大切にして、これからもお念仏を心のよりどころとして人生を歩んで行って下さい。」とお願いしています。お念仏は亡くなった方や他人に対して申すのではなく、自分自身が生かされている喜びと、お念仏を申す身にさせていただける有難さを感じるためにあるのだと伝えています。

 まだまだ勉強不足で、門徒さんに上手く伝えることができませんが、これからも経験を積み、できるだけ門徒さんに解りやすい言葉と表現で色々な仏縁を伝えていければと思っています。

 最後に、私たち寺関係者は門徒の皆さんにお念仏を申していただく機会をできるだけ多く設けさせていただきますので、この娑婆での御縁を一つでも多く持っていただくよう、是非ともお参り下さいますようお願い申し上げます。

平成30年6月     法林寺 住職 柿本 康司(了康)