テーマ 「念仏~今、私が出遇うべきもの」

「子供の質問から」

 「子供の質問から」

ある日宿題をしていた小学生の息子から「教科書に書いてあることは大人になってからも役に立っているの?」と質問されました。「そりゃ役に立っているよ」と答えたものの、教科書を眺めながら「こんな事も習ったかなー」とすっかり忘れていました。続けて宿題の質問をされるとまずいのでそっと部屋を後にしたのですが、親の威厳もあと暫くのようです。

そもそも教科書には子供達がこれから生きていく上で必要な知識が掲載されていますので、大人になってからでもいざという時に読み返せば役に立つ実用書だと思います。しかし成人後も教科書を保管されている方は少ないのではないでしょうか。私も小・中学校の教科書はまったく残っておらず、いつ処分したのかも覚えていませんが、多分その時は「もう使うことはないだろう」と判断したのだと思います。人は「自分には必要ない」と判断したものは無意識のうちに遠ざけどんどん忘れていくようです。ところが世の中は縁によって身の回りの状況が絶えず変化していますので、必要ないと判断した物がいつ必要になるか分かりません。最近大人向けの教科書解説本が並んでいますが、実際は社会人になってから教科書の知識を必要とする機会が多いのかも知れません。

さて教科書と同様に実用的な書物があります。それは経本や聖典です。通常お勤めで拝読しますが、一方でお仏壇の中に入れっぱなし、法事のときにしか開かないという方もおられると思います。恐らく教科書のように「自分には必要ない」と無意識のうちに遠ざけているのではないでしょうか。しかしいつでも読み返すことができる状態が本来の姿かと思います。何故なら教科書は生きていく上での知識ですが、経本や聖典は生きていく上での智慧が掲載されているからです。困った時は教科書を読み返せば知識のヒントがあるように、人生で迷ったときは経本や聖典を読み返せば智慧のヒントがあります。普段必要ないと思っている経本や聖典の智慧も、知識と同じく縁によっていつ必要になるか分かりません。必要となる状況は人それぞれですが、世の中には教科書や知識では解決できない問題が存在することは確かなようです。

そこでいきなり問題に直面して迷わない為にも予習をお勧めします。幸いにも教科書には参考書があるように、経本や聖典には解説書や意訳本がたくさんありますので、難解な文章も予習には問題ないようです。又お寺では法話というスクーリングもありますので是非お参りください。

そんな私も子供から「経本や聖典に書いてあることは役に立っているの?」と質問されたら、「そりゃ役に立っているよ」と部屋を後にせず答えられるよう、今以上に経本や聖典の智慧を日々の生活に活用したいと思います。

合掌

徳正寺 吉田真了