平成26年 持法会御書

本日、ここに慈光照護のもと、持法会に御参集頂きました事、大変嬉しく存じます。
皆様には、平生より法義相続 並びに 寺院護持にと、変わらぬお力添えを頂き、誠に有り難く存じております。
お陰様で、前回お伝え致しました、先代二十九代法主『聞思念院殿秀政上人 十三回』並びに、
前大裏方『浄光院殿釋勝定大法尼 十七回』の年回法要を、昨年九月十五日に厳修させて頂きました事を、ここに改めて御報告させて頂きます。当日には有縁の方々のご参詣を頂き、共に御念仏申す御縁を頂きました事を心より感謝致します。
また、本日御参集の皆様におかれましても、過去、身近に往生の素懐を遂げられた方々を偲びつつ、日々の仏恩報謝の日暮らしを篤くお続け頂く事を切に念ずる次第であります。

特に、正像末和讃の中に
『南無阿弥陀仏の回向の 恩徳広大不思議にて 往相回向の利益には 還相回向に回入せり』
とあります様に、往生の素懐を遂げられた先人達は、親鸞聖人の還相摂化のみ教えの如く、阿弥陀仏のおはたらきにより、今や還相の菩薩となりて、絶えず安養の浄土より、我ら五濁悪世の凡夫にはたらきかけ、慈悲の光を照らし続けて下さいます。

私達は、そのおはたらきを、この煩悩にまみれた眼を通しては直接見る事は適いません。
されど、先人達の往生を機縁とし、親鸞聖人の示された阿弥陀仏の本願力回向の御法義に出遇わせて頂く事で、そのおはたらきを知らされていく事に繋がります。正にそれこそが、先人達が我々を阿弥陀仏の超世希有の正法へと導かんとする還相の菩薩としてのおはたらき、として味わう事が出来るのではないかと思います。

特に、我々浄土真宗の法門は、教・行・信・証の四法による往相回向、そして還相回向の二回向四法の法門であり、それら全てが我々凡夫の救済を願う阿弥陀仏の大悲の誓願に帰着し、そこより展開されている み教えであります。
親鸞聖人は、阿弥陀仏が、自力でさとりを開く事が出来ぬ我ら凡夫を憐愍し、二回向四法の全てを『南無阿弥陀仏』の御名号に摂めて、私達に回向して下さっている事を説きあかし、唯一、念仏往生の道こそが、本願一実の直道である事を顕して下さいました。

今の末法の世は、誰一人として正しい修行も出来ず、さとりを開く者もおらず、ただ、み教えのみが残された世の中であります。しかも今や、科学技術が発達し、物質的に豊かになっていくにつれ、み教えに真剣に耳を傾ける者も、正しく受け取る者も減り、宗教そのものが、儀礼化、形骸化しつつある世の中になってしまっている様に思います。

しかし、私達が三毒の煩悩に惑わされている本質的な姿は、いくら時を経ても変わる事はなく、常に自己中心的な執着、我執にとらわれて入る事を真摯に見つめなければなりません。その内省のもとに、『帰三宝偈』に「学佛大悲心」とある様、教法のみの末法に生きる私達だからこそ、今一度、阿弥陀仏の大悲心をしっかりと心に頂き、阿弥陀佛の本願のおいわれを一心に聞かせて頂く事が、仏法の御縁を頂いた者にとっての大切な道であります。

ただひたすらに仏恩の深きことを、円融至徳の御念仏より味わわせて頂き、『世の中安穏なれ、仏法ひろまれ』と聖人がおっしゃった様に、念仏一道に励みつつ、親しく暖かい安穏な社会を築いていける事を念じてやみません。
最後に、皆様にはこれからも法義の護持・相続に何卒お力添えを頂きます様、宜しくお願い致します。
合掌     
   
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏
        
平成二十六年 誠照寺 法主 秀瑞