テーマ 「念仏〜今、私が出遇うべきもの」

「摂取の心光」


 ようやく長い冬も終わり、桜の時期を経て、山は新緑の頃を迎えています。山の木々は太陽の光を浴びて青々と新しい生命の息吹を感じさせる美しさです。太陽の光が生命の源となり地球全体の命を支えてくれています。

  親鸞さまの正信偈に、「摂取心光常照護」(摂取の心光、常に照護したまう)とありますとおり、親鸞さまは、「阿弥陀さまは私を大慈悲心の智慧の光によって救い取り、常に照らし護って下さる」と、およろこびになっておられます。私がどんな時も常に阿弥陀さまの光明に照らされ、「一人じゃないんだよ」と励まし共に生きて下さいます。

  さて、私の寺の本堂は、昭和二十一年に村の大火により消失してしまいました。十四年後の昭和三十五年ようやく本堂の建前をするに至り、ご門徒方の血のにじむような御苦労のお陰で、昭和四十年親鸞聖人七百回御遠忌法要と本堂落慶法要が厳修されました。先人方にとって、寺の本堂は親鸞聖人のみ教えを聴聞するための大切な念仏道場として、無くてはならないものだったのです。み教えを聴聞することで無明である私の姿を知らされ、煩悩具足の身であることが明らかになります。 そして、阿弥陀さまの摂取の心光がこの私に至り届いて下さることを聞信する時、今、無明のはずの私が本当に出逢うべきお念仏のみ教えに目覚め、本願成就の世界に往き生まれる浄土往生の道を歩む身と成らせて頂きます。この摂取の心光が、私のかけがえのない心の灯となり、よろこびに満ちた人生へと導いて下さるのです。

 今年は、本堂が再建されて五十数年が経ち秋には、親鸞聖人七百五十回御遠忌法要をお迎え致します。このご法要が親鸞聖人の九十年のご生涯を改めて偲ばせて頂くと共に、ご門徒の皆様にとってもお念仏生活の更なる歩みへの良きご縁となるよう念願するものです。

                    
誠徳寺 加茂龍誠