安心文(あんじんもん)
もろもろの雑行雑修自力疑心をすてて、一心一向に阿弥陀如来、我等が今度の一大事の後生御たすけ候えと、ひしとたのみ奉り候。このたのみたてまつりたる一念のとき、御たすけ一定の身となし下され候。この愚痴迷の凡夫、たやすく往生決定の身となり候ことは、弥陀如来五劫思惟兆載永劫の御苦労、御修行の御恩と、常に報謝の称名をよろこびもうし候。かようの有難きいわれを聴聞もうしわけたることは、偏に御開山聖人この土へ御出生の御恩徳、さては次第次第の御相承、別してはただいまの真の善知識の御勧化の御恩、この上には仏法王法ともに、万事御慈悲をもって随分たしなみもうすべく候。



安心文 意訳 

私は、お念仏以外の行を修めたり、自力のはからいでお念仏を称えたり、仏様の御教えを疑ったりする心を捨てて、ただ一心に、「阿弥陀様、私の本来帰るべき本願
(ほんがん)成就(じょうじゅ)の世界(極楽浄土)に往き生まれる、という一大事について、 『我をたのめ、必ず救い摂る』という、そのお喚び声どおり、仰せ(勅命)をそのまま頂戴して、救いのおはたらきに全ておまかせします」と、帰依いたします。

そして、仏様の御教えを疑う事無く、仰せをそのままお受けし、おはたらきにお任せする心(信心)が起こる瞬間、阿弥陀様は直ちに私を「浄土往生間違い無しの身」に決定
(けつじょう)して下さいます。

そもそも、真の智慧を持たない煩悩具足の私が、自力でさとりを開
(ひら)けずとも、浄土往生間違い無しの身とならせて頂けるのは、阿弥陀様が私達を迷いの世界から救いたいという願い(本願)を起こされ、その願いを成就させるため、永劫とも言える思惟と御苦労、御修行を重ねて頂いたお陰で御座います。
そのご恩をよろこび、報謝の念を持ってお念仏申します。

また、迷いの凡夫であるこの私が、この様な有り難い救いの御法
(みのり)に出遇わせて頂いたのも、ひとえに、宗祖親鸞聖人がこの世にお出ましになり、阿弥陀仏の御教えを説き明かして下さったお陰であり、さらには、その御教えを受け継ぎ、ご教化下さった歴代の御法主方と、仏道に導くために御教えを説き勧めて下さった方々のお陰と有り難く存じます。

阿弥陀仏の御教えを頂き、日々の生活を慎ましくも、しっかりと歩む中で、全てが阿弥陀様の思し召し、お陰さまと頂戴し、精一杯御恩報謝の日暮らしに勤めさせて頂きます



安心文(あんじんもん)は、誠照寺第十代法主の秀意上人(天文11年(1542年)11月7日生-元和2年(1616年)1月25日往生)が制定されたと伝わります。1552年に石山本願寺の一揆勢による打ち壊しで父、秀栄上人(第9代)を亡くされ、その後羽柴秀吉の放火により誠照寺は焼失し、秀意上人は美濃などへ7年間逃れられました。その後帰山され仮御堂を建てて復興にあたられるなど、戦国時代から江戸初期という激動の時代を生きられた方でした。


写真は、第14代秀山上人が書かれた「相乗記」(寛永10年(1633年))に載っている「安心文」です。秀意上人が書かれた旨が載っています。

秀意上人花押